先日、父のホームに妹と行った時のこと、ちょうど姪っ子が子供二人を連れて見舞いに来てくれました。
父と子供と、孫と、ひ孫、4代が揃いました。
病院でも個室ならゆっくり話も出来ますが、そうでない場合には、なんとなく長居は出来ません。
まして、おしゃべりも出来ません。
その点、ホームの個室はありがたい。
老衰の為にあとわずかであろう父と、最後の時間と分かってお互いが会う事は
非常に大事な「看取り」の時間だと感じました。
その日はだいぶ頭もしっかりしていて、ちゃんと皆の事が分かっています。
ちょうど姪っ子たちが来た時には、看護師さんが吸引をしていました。
たんの吸引は本当に辛そうです。。。いや、実際にかなり苦しいらしいです。
が、可愛い孫やひ孫の「がんばれー」の声に何とか済ませたら、
その後、
「コーヒーが飲みたい」と看護師さんに言ったのです。
誤嚥が激しいので、誤嚥性肺炎で1/5の緊急入院以来、口からの飲食は摂取していませんでした。
看護師さんがさらっと
「うーん、コーヒーはダメねぇ」と言いながら帰って行きました。
実はうちの家族はみんなコーヒーが好きで、私が子供の頃もコーヒーは飲んでいました。
私は心の中で、そうかぁ、孫ひ孫の声を聴いて、家にいるような感覚になったんだなぁ、
だから珈琲なんて言う声が出たんだと思いました。
実は、退院前には、もう先は短いから何でも好きなものを食べさせて良いという話も
あったらしいのですが、その時にはすでに食べるのが難しくなっていました。
それなら、もう1か月前に(他の病院でしたが)、
「まだ好きなものを食べさせるのはちょっと待ってください」と言われた時に、
好きなものを食べさせてあげればよかったと悔やんだりしました。
この見極めは、本当に難しいのだろうと思います。
そういいながらも、私はレイキをしつつ、妹は部屋の備品の整理をしたり、また
孫も「じいちゃん、手が冷たいね」といいながら手を握ったり、
二人の孫の顔をちゃんと見せてあげたりして、
わいわいと明るく過ごしていました。
しばらくすると、父がまた
「コーヒーが飲みたい」と言いました。
そこで、妹と顔を見合わせ、ならコーヒー飲ませようという事に。
さて、どう飲ませたら誤嚥が少なく、飲ませられるのか?
吸い飲みもちょっと危ないし、、、、
そこで名案が!!!
痰をからめ取ったり、歯ブラシのようにして磨いたりするための介護用の小さな柄のついたスポンジにコーヒーをしみこませて吸わせるという案が思い浮かびました。
姪っ子は「じゃあ、じいちゃんに私がコーヒーをおごってあげる!!」と大きな声で言いました。
父は、それはそれは嬉しそうに、にっこりとしたんです。
うーん、さすが孫パワー
早速やってみると、父は上手いこと吸ってくれて、2週間ぶりに口からの飲食をしてくれました。
ほんの少しの量ですが、つくづく
「末期(まつご)の水ならぬ、末期のコーヒーだわ」と心の中で思っちゃいました。
そして、その飲ませ方をケアマネさんにも伝えて以来、ホームの人たちも
水やお茶をそういう風に父に飲ませてくれたりしています。
時々「ごくごく飲みたい」とはいうそうですが。。。
それにしても、孫パワーはすごいなあと素直に脱帽です。
ところで、
先日来から父の死が近いことをブログなどで書いているので、
「えーー、こんなことを書いちゃっていいの」と思う方もいるかと思います。
一人の人間が、病気になっている様や亡くなって行く様を公表すること、
こういうことは、ネガティブな事と捉えられる傾向があるのですが、
私は一人のヒーラーとして、また子供として、なるべくリアルにその時の事を残しておこうと思いました。
これが自分のクライアントさんですと、個人情報のこともありそうはいきません。
本名で構いませんと言うかたでも、家族や親せきなど他からNGが出ることもあります。
もしかしたら、私の場合も、その可能性がない訳ではありませんが、
「父」「母」という形で表すことで、あくまでも自分が主人公だということで、いいんじゃないと勝手に決めています。